マサキの部屋

特撮・ドラマ・映画その他もろもろについて語ります

ロッキーに学ぶ人生論

今回は久しぶりに人生論である。今回は私の人生を振り返りつつ、語っていきたい。

私は人生においていろいろありすぎて、身も心もボロボロなり、古傷ばかりを抱えている。

だが、私の人生は憂鬱な極みといったら、そうではない。むしろ、今がいちばん充実してるのだ。

そんな私は「ロッキー 」に生きる希望をもらった。

ロッキー (字幕版)

ロッキー (字幕版)

  • 発売日: 2015/10/07
  • メディア: Prime Video
 

当ブログでは「ロッキー 」について語ってことがあるので、読んでない方はその記事を読んでいただけるとありがたい。

「ロッキー 」はシリーズごとに評価が下がっていく傾向にあった。まぁ、第一作の実績や、スタローン氏自身のサクセスストーリーもあって、その第一作と後のシリーズ作品が比較されてしまうのは少しばかり酷な気もする。

でも個人的にはどのシリーズの作品も好きだが。

しかし、評価の下がっていく「ロッキー 」シリーズの名誉挽回を果たしたのが、「ロッキー ・ザ・ファイナル」である。

そして「ロッキー ・ザ・ファイナル」のセリフが、この私の心に響いた。

ロッキー 「世の中バラ色じゃない。厳しくて辛い所だ。油断したら、どん底から抜け出せなくなる。人生ほど重いパンチはない。だが大切なのはどんなに強く打ちのめされても、こらえて前に進み続けることだ。そうすれば勝てる。」

ロッキー 「自分を信じなきゃ、人生じゃないぞ。」

これは息子に向けて放ったセリフである。

「ロッキー 」はボクシングを扱った映画だけに、人生は重いパンチという表現は非常に重みがある。

そうなのだ。人生とは油断ならず、常にどこかでウルトラヘビー級のパンチを喰らうかは分からない。そのパンチの威力は、戦意を失わせるほどのものかもしれない。いや、ビッグショーのKOパンチくらいヤバイかもしれない(一般人が喰らったら、マジで死ぬレベル)。

私は何度も人生の重いパンチを受けて、ノックダウンされまくり、自らTKOしたい時もあった。

だが、今もこうやってなんとか立ち上がって、ファイティング・ポーズをとっている。

私は聖人ではないし、善人でもない。今までは情けない姿を晒したり、散々しくじった人間である。

でも「ロッキー 」を見てると、それでも立ち上がれと応援してくれてる気がするのだ。

だからロッキーに憧れて、去年から筋トレや運動もはじめた。夏にはプールでも泳いだ(「ロッキー 3」にて、プールでのトレーニングシーンがある)。

第一作のロッキーは三流のボクサーであり、貧乏人だが根はいい人で、ヒロイン・エイドリアンには一途。世界王者アポロとの一戦が彼の運命を変えたのだ。

しかも、シリーズを通してロッキーはエイドリアンに一途な愛を貫いた。

アポロ戦を控えた朝、ロッキーはエイドリアンに、今まで自分の人生はクズだったと振り返り、試合の意気込みを語る。

「試合に・・・、負けても、どうってことない。脳天が割れてもいいさ。最後までやるだけだ。相手は世界一なんだ。最後のゴングが鳴ってもまだ立ってられたら、俺がゴロツキじゃないことを・・・、初めて証明できるんだ。」

そうなんだよ・・・。真面目に普通にコツコツと生きられたら、それはそれでいいのだ。

しかし、情けない人生でも何かを果たせば、自分の人生を初めてそこで肯定できる。決して、今までの自分の人生は無駄ではなかったのだと。人生の落ちこぼれ野郎でも、チャンスがあれば変われるかもしれない。

「ロッキー 」を見てると、ふとそんな気持ちが沸き起こってくる。

私に勇気をくれたのは「ロッキー」だけではない。たくさんの人物や作品が勇気をくれたのである。だが、いざ、もう一度立ち上がろうと思ったときは「ロッキー 」を見ることが多い。

そして、その積み重ねが今の私に繋がっている。

人生とはもしかしたら、ボロボロになってからかもしれない。失敗しないことだけを目指すのが、人生なのか?

いや、ボロボロにされた瞬間にこそ、立ち上がれるかが問題であって、そこではじめて真価が問われるのではないだろうか?

まぁ、先を越されることには私は慣れているが、だからといって、そこで終わらない。執拗に挑み続けるぜ笑

そうは言っても、自分自身に対して疑問や不安を抱いてしまう時はある。正直、その繰り返しではあるが、だからこそ改めて原点に戻って、自分を取り戻すしかない。

そう、人生を信じなきゃ、人生ではないのだ。

でも、昔の私はこんなことすら思えなかった。光すら見えない、出口のないトンネルにいたのだ。そこでもがくのは非常に辛かった。

それでも私は自分自身で証明した。その先に光はあったし、出口もちゃんとあったのだ。

これからも私はボロボロになっても、何度でも立ち上がり、またファイティング・ポーズをとるだろう。しまいには恋人の名前を大声で叫んでるかもしれない。

人生をアメリカン・ニューシネマのように憂鬱に考えるてしまうのか、それとも「ロッキー 」のように現実でも夢を実現できると考えるのか?それはその人次第ではあるが、私はどちらかというと後者に近い。