マサキの部屋

特撮・ドラマ・映画その他もろもろについて語ります

負け犬のバイブル 第1作「ロッキー」について

現代のシンデレラ、アメリカン・ドリームを体現した映画第1作「ロッキー」。アカデミー賞の作品賞、監督賞、編集賞の三部門を受賞している。

ロッキー (字幕版)

ロッキー (字幕版)

  • 発売日: 2015/10/07
  • メディア: Prime Video
 

等ブログを立ち上げるきっかけのひとつとなった本、

「感情」から書く脚本術  心を奪って釘づけにする物語の書き方

「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方

 

で「ロッキー」について触れた箇所があった。正直言うとこの本を読むまで「ロッキー」を一度も見たことがなかった。この本曰く、「ロッキー」は負け犬ロッキー・バルボアがスターダムにのし上がるストーリーらしい。強烈に興味をそそられた私は「ロッキー」を視聴した。そして私は「ロッキー」が素晴らしい映画であることを実感させられたのだ。

「ロッキー」は前々から取り上げたいと思っていたが、自分の中でタイミングを逃していた。等ブログは特撮、刑事ドラマ「特捜最前線」の記事が圧倒的に多く、映画の記事がほとんどない。前回、やっと映画「ランボー」を取り上げたことで、そのつながりから今回「ロッキー」を取り上げることにした。

ランボー」と同じく、「ロッキー」はシリーズもので、もはや説明するまでもないが主演も同じくシルヴェスター・スタローン氏である。脚本も自らが手がけ、自身の俳優としてのキャリアである長い下積み時代と、主人公の三流ボクサー"イタリアの種馬"ことロッキー・バルボアの境遇を重ね合わせていると言われている。そして本作をきっかけにスタローン氏はスターダムにのし上がった。

「ロッキー」の着想はスタローン氏が世界チャンピオン モハメド・アリvsチャック・ウェプナー戦を見て得たのだという。

世界チャンピオンのアリ氏に対してウェプナー氏が下馬評を覆し善戦したが、結果は15RTKOでアリ氏の勝利に終わった。

スタローン氏はわずか3日で脚本を書き上げ、映画会社に持ち込む。だが映画会社は脚本は採用するが主演は別の有名な俳優で製作すると主張。スタローン氏は自身が主演でないとダメだと退かず、低予算などの数々の条件付きで「ロッキー」は製作された。このような背景は邦画の金子正次氏主演「竜二」と重なる(未見だが)。

あらすじ

無名の三流ボクサー・ロッキーはボクシングでは生活できず借金取りをして生活費を稼ぐ。ロッキーは親友ポーリーの妹・エイドリアンと結ばれ、新たな生きがいを見つけるが、世界チャンピオン・アポロから対戦相手として指名される。思いがけないチャンスが転がり、ロッキーの人生は好転していくが・・・。

「ロッキー」はボクシングを扱っているが、主人公ロッキーとその周辺人物による人間ドラマが中心のため、冒頭とクライマックスのアポロ戦しか試合のシーンが存在しない。逆に言えば人間ドラマをじっくり描いたからこそ、アポロ戦の盛り上がりは素晴らしいものとなるのだ。

ここで「ロッキー」の魅力的な登場人物に触れていきたい。

主人公 ロッキー・バルボア

三流のボクサーで、高利貸しガッツォの借金取りをして生活費を稼ぐ。ガッツォに金を返さない男の指を折ってこいと言われても、忠告で済ませ、不良少女に説諭したりと本来は優しい男。亀と金魚を飼っており、ペットショップの店員エイドリアンが好き。ちなみにサウスポー。

ヒロイン エイドリアン

メガネをかけた地味でシャイな女性。なんだかんだで彼女もロッキーに気がある。ロッキーと結ばれて以降、メガネを外し、自分に自信を持つようになる。

ポーリー

ロッキーの親友でエイドリアンの兄。粗野な性格でロッキーとエイドリアンの仲を取り持とうとするが、やり方が強引でエイドリアンにはキツく当たる。最終的にエイドリアンに反撃される。アポロ戦では観客席でロッキーを応援。

ミッキー

ジムのトレーナーでロッキーを邪険に扱う。その理由はボクサーとしての才能があるのにガッツォの借金取りになったことが気に食わなかったからだった。ロッキーがアポロの挑戦者に指名されたことにより、態度を改めロッキーのマネージャー役を買って出る。突然の手のひら返しを受け入れられないロッキーに一度は拒否されるが、晴れてマネージャーに任命される。アポロ戦に向けてロッキーを徹底的にトレーニングし、試合中には的確なアドバイスを送る。

ガッツォ

ロッキーの雇い主の高利貸し。金を返さない男の指を折ってこなかったロッキーを叱りつけるが、何かと気遣う。また、アポロ戦では観客席でロッキーを応援。

アポロ

ボクシングの世界ヘビー級チャンピオンで、ニックネームは"破壊の帝王"。モハメド・アリを彷彿とさせるトラッシュトークを展開する。タイトル防衛戦が決まっていたが対戦相手が怪我で欠場することになり、無名の三流ボクサー・ロッキーを対戦相手として指名する。それは代わりとなる対戦相手が見つからず、"無名のボクサーにチャンスを与える"という話題性で客を呼ぶためであった。試合序盤、余裕をかましていたが、ロッキーの意外な強さの前にそうもいかなくなり、試合終盤にはロッキーの粘り強さに呆然とする。

 

ロッキーの部屋はボロボロで(ロッキー曰くブタ小屋)、周りからもバカにされ、一向に報われる気配はなく、借金取りをしてその日暮らしをする様はシンデレラを想起させる。そんな境遇でもロッキーは割と明るく生きているが、やはりどこか哀愁が漂う。

そこに世界チャンピオン・アポロから思わぬビッグチャンスを与えられる。

手のひらを返して周りからもてはやされるロッキーだったが、試合当日の朝、エイドリアンに自らの心境を明かす。

「勝てないよ。」

「俺は以前はクズみたいな男だった。

ロッキーは魔法が解けたシンデレラのように現実に戻る。そう、相手は世界チャンピオンで自分は三流の無名のボクサー。くぐってきた修羅場や経験値、どう考えても格が違う。

「試合に・・・、負けても、どうってことない。脳天が割れてもいいさ。最後までやるだけだ。相手は世界一なんだ。最後のゴングが鳴ってもまだ立ってられたら、俺がゴロツキじゃないことを・・・、初めて証明できるんだ。」

「ロッキー」より

これが「ロッキー」という映画の核心である。勝敗ではなく、勝負そのものに己の存在を証明しようとしているのだ。自分の人生が報われるチャンスを秘めた一度きりの大舞台・・・。そこに全てを賭けたい・・・。世界チャンピオン相手に、自分の意地を最後まで張る。

油断するアポロにいいパンチを入れ、善戦するロッキー。だがスイッチの入ったアポロに徐々にペースを握られ圧倒されてしまう。ロッキーは顔面から血を流しながらもアポロに立ち向かい、さらにはダウンを奪われても立ち上がる。ボロボロでもあろうと、自分がゴロツキじゃないのことを証明したいのだ。

そして勝敗を超えた感動が「ロッキー」にある。

「ロッキー」のテーマ曲は「ロッキー」を見てなくても、誰もが一度は耳にしたことがあるはずだ。だが「ロッキー」を見た後にそのテーマ曲を聞けば、それ以前とは印象が異なって、テーマ曲の中にロッキー・バルボアという男の存在を感じることが出来るだろう。

ロッキーで学んだこと

私は歳を重ねるごとに自分の可能性が狭まっていく気がする。自分の出来ないことがより具体的になっていく。それに私は健康な人からしたら、身も心も不健康である。人間はどん底になれば周りが良く見えて、悪い意味で利口になる。

あなたにとって人生とはなんですか?と尋ねられたら、私は真っ先に苦闘と答える。

いや、むしろ幸福と不幸、そして様々なことをエッシャーの回廊のように絶え間無く行ったり来たりして、そこに突如死が訪れるだけかもしれない。

真の価値は栄冠ではなく、苦闘にある。

リチャード・モンクトン・ミルンズ(政治家/イギリス)

倒されたかはどうかは関係ない。立ち上がるかが問題だ。ブランドン・ハースト 編 大城光子 訳 アルファポリス より

倒されたかどうかは関係ない。立ち上がるかどうかが問題だ。

倒されたかどうかは関係ない。立ち上がるかどうかが問題だ。

 

という言葉がある。苦闘のなかでも自分自身の輝きは失いたくはない。

ストレス爆弾を抱えたホモ・サピエンスの私でも、生きてりゃ良いこと=チャンスがあるかもしれない。どんな人間にも人より優れた部分はあるはず。その優れた部分を一生懸命伸ばせば、自分の狭まった可能性も取るに足らないものとなる。だから前を向いて、まるでロッキーのように立ち上がって行くしかいないのだ。そしたら、自分が生きていることをいつかきっと証明できるだろう。

 

ロッキー(1976)

監督・・・ジョン・G・アビルドセン

製作・・・ロバート・チャート アーウィン・ウィンクラー

脚本・・・シルヴェスター・スタローン

音楽・・・ビル・コンティ

ロッキー・・・シルヴェスター・スタローン

エイドリアン・・・タリア・シャイア

ポーリー・・・バート・ヤング

ミッキー・・・バージェス・メレディス

アポロ・・・カール・ウェザース

ガッツォ・・・ジョー・スピネル