マサキの部屋

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ウルトラセブン 第8話「狙われた街」について

「信じる事を止めてしまえば  楽になるってわかってるけど」

Don't you see!  

作詞 坂井泉水 作曲 栗林誠一郎

 ZARD より

人間は親しい人間ほど信じたいもの。関係を深めるのは信頼があってこそだ。

人間の信頼を破壊し、人間同士を自滅に追い込むことで地球を侵略しようとした宇宙人がいる。

それはウルトラセブン第8話「狙われた街」に登場するメトロン星人だ。

「狙われた街」は神回と言われている。アメトーークウルトラマン芸人と人志松本の〇〇な話では「狙われた街」を大絶賛し、特に人志松本の〇〇な話では、あの松本人志さんが直々に熱く語っており、神回と呼ばれるのは伊達ではない。

「狙われた街」の監督は実相寺昭雄氏、脚本は金城哲夫氏で、両者とも名作製造機である。

実相寺昭雄氏の独特の演出とシチュエーションは「狙われた街」の魅力であり、アジトでのちゃぶ台をはさんだダンとメトロン星人のやりとり、夕暮れをバックにウルトラセブンメトロン星人の戦いは伝説のシーンだ。

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メトロン星人は秀逸なデザインで宇宙人の中でも圧倒的な存在を放っている。

Wikipediaによるとメトロン星人の「メトロン」は地下鉄のメトロからきているらしく、"水面下"で侵略計画を進める様はメトロン星人のイメージそのものである。

メトロン星人の侵略計画の「人間の信頼を破壊し、人間同士を自滅される」の具体的な方法は、宇宙ケシの実をタバコに仕込み、そのタバコを吸った人間は発狂して眼に映る人間を敵と認識して襲うというものだった。だが実際の被害は日本中ではなく、あくまで一地域でメトロン星人にとってそれは侵略計画の実験に過ぎなかった。

また、メトロン星人の声を演じたのはナレーションで有名な中江真司氏だ。中江真司氏の紳士的な声質とメトロン星人のキャラクターは非常にマッチしていて、ある種のカリスマ性すら感じる。

狙われた街」をここまで語ってきたが、ご覧になった方は当然知っていることばかりなので、そろそろ本題に入りたい。

「狙われた街」の真骨頂はラストのナレーションにある。

でもご安心ください。

このお話は、遠い遠い未来の物語だからです。

え、何故ですって?

我々人類は今、宇宙人に狙われるほど、お互いを信頼してはいませんから・・・。

ウルトラセブン 第8話「狙われた街」

ナレーション より

優しい口調とは裏腹に、皮肉たっぷりな言葉で視聴者を突き放す。

人間不信気味だった私は大いに共感した。

このナレーションこそ、脚本家の金城氏が伝えたかったことなのだろう。メトロン星人の侵略計画の「人間の信頼を破壊し、人間同士を自滅させる」はあくまでおとりに過ぎず、そもそも人間は信頼できないよね?とまるでトロイの木馬のように現実を突きつけてくる。この狡猾さにはメトロン星人も真っ青だ。

ストレートに人間不信を訴えた「狙われた街」。当時の時代背景や脚本家達の境遇を考えると、人間不信になるのは当然と言える。その最たるものが、帰ってきたウルトラマン 第33話「怪獣使いと少年」だろう(脚本は上原正三氏)。

「狙われた街」は極端かもしれないが、事実、本当に信頼できる人間はかなり少ない。人間は口ひとつで印象操作可能で、そういったことをする人間は口数すくない人間よりも好かれやすいし、軽薄な人間の方がモテる。

現代人にとって「狙われた街」が発したメッセージは鋭く刺さるのではないだろうか。

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ネットの記事やテレビなどにより、我々は生兵法であるが人間を見抜く知恵がついてしまった。SNSでは必要以上に大きく自分を見せたり、現実での人格を使い分ける人間がいたりすることはもはや常識であり、我々はそれを踏まえてSNSを利用する。

人間を信じるのは難しい、それが明らかになったのだ。

私はツイッターで愛読本の「孫子の兵法」についてのツイートをしたら、あるフォロワーさんから「韓非子」を勧められた。「韓非子」は「孫子の兵法」と同じ中国の古典で、故事成語の"矛盾"のエピソードが収録されており、性悪説と人間不信に基づき、法による徹底した統治や君主の心構えなどが記されている。それだけではなく、部下の造反・裏切りなどにも触れられ、「韓非子」を読んだことによって人間不信であることはむしろ強みではないかと思った。

性善説性悪説、どちらが正しいかのは分からない。だが、我々は人間をよく観察し、その中で信頼出来るかどうかを判断していく。もちろん自分を守るためであるが、「狙われた街」のラストのナレーションの通り、人間はお互いを信頼するのは難しいのである。

最初にZARDの「Don't you see!」の歌詞を引用したが、人間は親しい人間ほど信じたいものだ。そして、信頼関係を破壊する決定打が放たれるまで、何かしらの理由をつけて信じようとする。

結局それは人間に存在する"矛盾"のひとつではないだろうか?