マサキの部屋

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ウルトラセブン 第42話 「ノンマルトの使者」の謎

ウルトラマン仮面ライダーは国民的ヒーローである。見たことない人でもその名を知っている。

ヒーローは毎週その身を犠牲に"悪"と戦い、愛と勇気を説いてきた。

今回ウルトラシリーズ初期にして、今なお絶大な支持を受けるウルトラセブンから、第42話「ノンマルトの使者」にフォーカスを当てる。

このブログを立ち上げた当初から取り上げたかった作品だ。

ウルトラセブンは1967年に放送を開始し、ウルトラマンよりも年齢層を高めシリアスな内容になった。

特に第8話「狙われた街」は神回と言われ、「人志松本の〇〇な話」では松本人志さんが大絶賛し、最近では「アメトーーク 」のウルトラマン芸人でも語られていた。

ウルトラセブンはシリーズ最高傑作との呼び声も高い。

前回の記事でシルバー仮面との親和性が高いと書いた通り、基本的にウルトラセブンは宇宙人との戦いである。

シルバー仮面の第2話の脚本を担当した佐々木守氏も初期のウルトラシリーズに参加している。初期のウルトラシリーズのストーリーには脚本家の思想・主張が色濃く反映されていると言われている。

私がウルトラセブンを見たのは2007年中2の頃で、スカパーの一挙放送だった。

"中2"の私はウルトラセブン特有の世界観に惹かれ、「ノンマルトの使者」を見た時はもの凄い衝撃を受けた。

これほど視聴後に複雑な気持ちになる作品はない。

なぜなら、「ノンマルトの使者」は問題作だからだ。

「ノンマルトの使者」は1968年7月21日に放送され、監督は満足かずほ氏、脚本は金城哲夫氏だ。

脚本を担当した金城哲夫氏は沖縄出身ということで、「ノンマルトの使者」は沖縄をモチーフにしたと言われているが、関係者によるとそうではないらしい。

あらすじ

人間の海底開発に反発したノンマルトは真市という少年を代弁者を立てて、人類の海底開発を止めるように警告する。だが人間はその警告を無視し、ノンマルトは怪獣ガイロスと太平洋で行方不明になった原子力潜水艦グローリア号で人間に対して攻撃を開始する。それを迎え撃つダンとウルトラ警備隊。

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この回は海辺が舞台なので、冒頭のダンとアンヌの浜辺デートシーンなどから爽やかな印象を受ける。だがラストは"謎"が残るため、海の爽やかさがスッキリしないラストを引き立てている。

特撮パートでのノンマルト達が操縦する原子力潜水艦グローリア号をウルトラ警備隊のハイドランジャーが海底で追跡する場面はマイティジャックを想起させたりして、それはそれで見所があったする。

そして、「ノンマルトの使者」の最大の魅力はノンマルトである。

ノンマルト・・・地球の先住民で、遥か昔に人間によって海に追いやられた。また、M78星雲では人間のことをノンマルトと呼んでいる。

ノンマルトは人間の海底開発に反発して行動を起こした。決して侵略ではない。侵略者は人間なのだ。

遥か昔に人間によって住処を追いやられ、海底でひっそりと暮らしていたノンマルトだったが、人間は海底開発を始めて海底基地まで築き上げた。

自らを海に追いやった上に、今度は海からも追い出そうとしている人間。

「海底開発を止めてほしい」、その叫びを真市少年に託したが聞き入れられることはなかった。

宇宙人でも日本語を話す世界観だが、ノンマルトは一切話さない。ノンマルトのコミュケーション手段が垣間見れるのは、グローリアス号艦内で仲間同士で頷くシーンのみ(ちょっとラブリー)。だからこそ真市少年を代弁者としたのだろう。

人間が侵略者であれば、侵略者宇宙人対ウルトラ警備隊の構図が覆される。そんなテーマを通常回でやってしまうところが円谷プロの懐の深さなのだろう。

ウルトラ警備隊のセリフから自分達が地球の支配者であるように錯覚している部分が散見され、"ノンマルトの代弁者"真市曰く、人間は身勝手でノンマルトは人間より強くない。

ノンマルトの戦力はレーザー銃と怪獣ガイロス、"太平洋で行方不明になったイギリス"の原子力潜水艦グローリア号だった。

さらにノンマルトの海底都市には兵器となるものが見当たらず、ウルトラ警備隊のハイドランジャーが接近しても一切の攻撃はなかった。

この回の特筆すべき点は地球人の視点ではなく、M78星雲人のモロボシ・ダンの視点で物語が進行するところだ。(ウルトラセブンなので当然だが)

地球人をノンマルトと呼ぶことが判明するのはダンのセリフからである。

ノンマルトの地球の先住民という設定は珍しい。佐々木守氏が全話担当したアイアンキングの敵・不知火一族も日本の先住民族という設定だったが、ノンマルトはそれに比べて劣る戦力しかなく、弱者として描かれた。

人類の歴史を振り返れば分かる通り、あらゆる動物を絶滅させ、同じ人間にも容赦なく、その土地に住む先住民族を追い出したり、虐殺・奴隷化など酷いことをしてきた。

「ノンマルトの使者」は沖縄の歴史に限らず、そういった人類の歴史を思い起こさせる。

現在、人間はその歴史を振り返って反省期に入っているところではあるが。

"シーラカンス 君はまだ深い海の底で静かに生きてるの?"

シーラカンス」 作詞・作曲 桜井和寿 Mr.Childrenより

この曲はMr.Childrenのアルバムの問題作・深海に収録されている。

なんだか、ノンマルトに相応しい気もする。

私はネアンデルタール人などのヒト科が現生人類の"ホモ・サピエンス"との生存競争に負けて海に住んだ結果、ノンマルトになったのではないかと勝手に想像したりする。

まぁ、ノンマルトが何者であろうと"ホモ・サピエンス"との生存競争に負けたのは間違いないだろう。

私はいろいろあって、この世は生存競争だと感じる。

周りから自分だけが取り残される焦燥感。

そんな自分とノンマルトを重ね合せる事があった。

"とは言え君が この現代に渦巻くメガやビットの海を泳いでたとしてもだ 

それがなんだって言うのか

何の意味も 何の価値もないさ"

シーラカンス」 作詞・作曲 桜井和寿 Mr.Childrenより

存在したことすら、忘れ去られているような感覚。

だからこそ、"進化"の必要性があるのだが。

 

ノンマルト自身は何も語らずに"謎"を残していった。

"謎"は我々に想像の余地を与える。

そして「ノンマルトの使者」は今尚語り継がれている作品だ。

私は視聴後に複雑な気持ちになると書いたが、それはまるで"深海"のように仄暗い気分だった。