マサキの部屋

特撮・ドラマ・映画その他もろもろについて語ります

特捜最前線 第466話「千五百万人の悪女たち・パート主婦不倫心中!」に見る「NOT FOUND」

第2回も特捜最前線について語る。

今回フォカースを当てるのは社会派脚本家・阿井文瓶氏が担当した、1986年5月22日に放送の第466話「千五百万人の悪女たち・パート主婦不倫心中!」を取り上げようと思う。

1986年は男女雇用機会均等法が施行された年で、女性の社会進出がこの回のテーマである。さらにもう一つのテーマが不倫で、当時不倫といえば、1983年にTBSから「金曜日の妻たちへ」が放送され大ブームを起こしていた(今では「昼顔」だろう)。この二つのテーマを上手くブレンドし、特捜最前線という刑事ドラマを通して、世間に問題提議をした。

今回、友人の妻が不倫心中してその真相をつかむため、時田は捜査をする。時田はこの事件が起きるまで、友人夫婦は幸せな結婚生活を送っているものだと思っていた・・・。

結婚とは男女のすれ違う価値観の中でいかに妥協するかが重要と言われている。その男女のすれ違う価値観は矛盾して、双方が正しいと主張しあう。Mr.Childrenの「NOT FOUND」がまさにそれだ。

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この回は地味ながら非常に味のある話で、何より時田にふさわしいかった。

夫婦・家庭の価値観が変わる前の理想の"父親"の時田が当時から見た、現在の価値観と対峙して、現実を知ることになる。

まず、時田が抱いていた理想の友人夫婦の現実は全く違っていて、その理想に収まりたくない妻は生きがいを求めた結果、浮気をした。友人も妻が働くことに反対はしなかった。

2018年の現在は共働きは普通で、この回の放送はバブルを迎える7ヶ月前だ。当時からすると共働きは珍しかったようだ。

もし、ほんの数年だけ特捜が続いていたとして、"アッシーくん"などにどう問題提議するか気になるが。

ちょうどこの頃はさまざまな価値観が変わりはじめた過度期なのだろう。

時代と共に価値観が変わるが、しぶとくこびりついて変わらない価値観も勿論ある。

刑事ドラマという性質上、かなり極端な例になってしまっているが、これはこれで受け止める必要がある。

この回の印象的な人物で、友人の妻が働いていた店の女専務が不倫の心理を語る場面、それが今回のテーマの重要なところだ。

「主婦が働き出すとその職場の上司が男らしく見える。だが、自分の亭主も本当は男らしく働いてることに思い及ばない。」

私がこのブログの第1回目の記事「兜町」を投稿した後に、ネタ探しにこの回を見た。その時たまたま、Mr.Childrenの「NOT FOUND」を聞いていた。

そして、特捜のこの回とMr.Childrenの「NOT FOUND」が頭の中で繋がった!!

家でゴロゴロしている夫に不満を持ち、ましてや働きに出たからと言って、全ての妻が浮気する訳ではない。

私が強調しておきたいのは、家でゴロゴロしている夫はなんのために働いているかだ。

それは家族のためだろう。

でもなぜ、そうい目に見えない部分で夫と妻はすれ違うのか。

それを歌にしたのがMr.Childrenの「NOT FOUND」だ。

僕はつい見えもしないものに頼って逃げる

君はすぐ形で示してほしいとごねる

Mr.Children NOT FOUND 

作詞・作曲 桜井和寿

男女が力を合わせれるのは、かけ算かもしれない。だが割り切れるかどうかは別だ。

2018年の現在は共働きが普通と書いたが、それ以前の問題として男女交際すら難しいと感じる層がいる。私もその層だが。

男女の価値観が変わって、互いの不満などをぶつけまくった結果、男女交際すら難しくなって、今では結婚の必要性すら疑問視する人がいる。

さらに結婚・交際というものがいかに不利益かを訴える情報が氾濫していて、探し出せば幾らでも見つかるし、真偽はともかく、男女の本音が可視化している日常こそ、この"風潮"の追い風ではないだろうか?

価値観が変わり、物事を見直す動きは必要である。

だからこそ、その過程としてこういった作品を残すべきではないだろうか?

化石のようにミッシングリンクにしてはならないと思う。

まぁ、結婚する気は失せるが。